三菱造船、造船技術「ミポリン」外販でファブレス狙う
三菱重工業グループの三菱造船が2022年から売り歩いているサービスがある。その名も「MiPoLin(ミポリン)」。往年の女性アイドルのニックネームと勘違いしそうになるが、さにあらず。三菱造船の船舶設計技術を外販用のソフトウエアとして切り出したのがミポリンだ。
造船会社や海運会社が寸法や排水量、エンジンの出力などを打ち込むと、三菱造船が持つ設計データベースから候補となる「船型」を自動提案。海運会社は提案された船型をベースに造りたい船をカスタマイズしながら簡単に設計できる。
独自のCFD(流体力学)解析で船の形状を最適化したり、船の推進を左右するエンジン出力やプロペラ性能も瞬時にはじき出したりして設計に織り込むことができるという。
例えば、穀物や鉄鉱石などを運搬する「バルク船」しか手掛けていなかったメーカーがコンテナ船に参入しようとしても、設計ノウハウに乏しい。そこに「エンジニア」であるミポリンを起用すれば、自社リソースがなくとも設計ができるというわけだ。
虎の子の設計ノウハウを外販
造船会社以外にも、「海運会社が新造船を調達するとき、造船会社から提案を受けた船を比較検証するツールとしても利用を見込んでいる」(マリンエンジニアリングセンターの武田信玄次長)。需要が見込めるアジアを中心に売り込んでおり、このほど受注を獲得した。
ミポリンには、海を模した水槽試験場で約30分の1のサイズの模型を使った1200隻分の船型試験データが詰め込まれている。船の種類はタンカーやコンテナ船など13に及ぶ。
波に対する船体の揺れ方やそれをどのように吸収するかなど、「船型」は運航性能に直結する。三菱造船にとってまさに虎の子ともいえる設計技術だ。それを外販するのは、敵に塩を送るようにみえるが、三菱造船にとっては必然の選択だった。
三菱重工は日本の近代造船の発祥の地ともいえる長崎造船所の主力、香焼工場(長崎市)を22年、大島造船所(長崎県西海市)に売却。コンテナ船やLNG船など大部分の商船建造から撤退した。今は下関造船所(山口県下関市)でフェリーや海洋調査船など特殊船のみを手掛けている。
世界の造船業界では中国のシェア(新造船受注量ベース)が21年に45%、韓国が39%と圧倒的に高い。日本は12%で世界3位とはいえ、その背中は遠い。20年前の40%程度から大きく減らしており、三菱造船も規模縮小を余儀なくされた。
建造面では国際競争力を失いかけるなか、三菱造船の北村徹社長が目指すのは「設計や環境サービスなど高付加価値のエンジニアリングに軸足を移した経営」だ。
商船撤退後の経営モデルを描くにあたり、開発や設計に特化した「ファブレス」に舵を切った。無形資産こそ競争力の源泉とし、その切り札にミポリンを据える。
それでも長崎造船所の設計部隊では当初、「長年培った虎の子の技術を外売りするなんて」という激しい抵抗があったという。なにせ三菱重工グループの100年以上に及ぶ造船事業の歴史でもあるからだ。しかし、国内にはなお造船会社がひしめき合ううえ、建造効率が圧倒的に高い中韓勢に追い付ける保証はどこにもない。
リスキリングで建造より環境技術育成
ミポリンは日本の造船業ではまだないサービスとあって手探り状態。「(クラウドシステムのため)セキュリティーは大丈夫なのか」「操作性など使い勝手が悪い」──。顧客の要望にも耳を傾けながらサービスの改善に努めているが、のんびりとしていては「エンジニアリングの三菱造船」といつまでたっても認知されない。
「とにかくやってみろ!」「どんどんアイデアを出してほしい!」。エンジニアリング会社に脱皮する現場からの提案について、20年に就任した北村社長は前向きにとらえ叱咤(しった)激励する。
変革期の三菱造船にあって、設計が「飛車」だとすれば、「角」は環境技術サービスだ。
脱炭素の潮流を受けて、仏CMA CGMやスイス・MSC、日本郵船など世界の海運会社がこぞって調達を進めるLNG燃料船。重油ではなくLNGを燃料とする船で25〜30%の二酸化炭素(CO2)削減効果がある。
三菱造船はそのガスを供給するシステム(FGSS)の技術供与サービスで独自の地歩を固める。ガスを気化する蒸発器やガスの圧力を制御するバルブシステムなど複数の機器をコンパクトにモジュール化する技術、熱の伝わり方を緻密に解析した燃料タンクの設計などを得意とする。これらを造船や機器メーカーにライセンス供与し、収益を手にするファブレスモデルだ。
これまで2隻の船に搭載され、今後23隻に採用される計画だ。
FGSS以外にも「硫黄酸化物(SOx)スクラバー」と呼ばれるSOx除去装置もファブレスで手掛けている。排ガスに海水をかけて有害物質を洗い流す技術だが、洗った後、酸性の水を中和して排水する処理ノウハウなどに強みを持つ。
50隻以上に供給した実績を持つが、近年は中国メーカーも台頭。競争は激しさを増すが、今後、環境規制の網の目が細かくなるとあって技術を持たないアジアの造船会社を囲い込む。
三菱造船の現在の社員数は830人。商船撤退により21年3月から13%減った。一方でエンジニアリング集団に脱皮するため、22年に環境技術部を新設した。「組織改革とリスキリング(学び直し)を通して、環境技術に強いエンジニアをどんどん育てた」(マリンエンジニアリングセンターの渡辺祐輔次長)といい、今では三菱造船全体でデジタル技術も含め280人の技術者が腕を振るう。
北村社長は「アジアの造船業界では個別の技術はあっても、環境対応の船を全体設計できる企業が少ない。FGSSなどに独自の強みを持てば必ず必要とされ、全体設計でも過去からの技術を磨けば勝ち残っていくことができる」と説明する。実際、脱炭素に向けた新造船の設計話は国内外から引きも切らない。
重油代替燃料の船のなかでも、三菱造船が収益の糧にしようとするのが、「アンモニア燃料船」だ。アンモニアは燃焼時、CO2を排出しない。同じくCO2を排出しない燃料には水素があるが、体積当たりのエネルギー密度はアンモニアに軍配が上がる。
既存船にも厳しい燃費規制
水素がマイナス253度で液化するのに対し、アンモニアはマイナス33度。燃料の液化、運搬、貯蔵効率はアンモニアが圧倒的に高い。
他方、アンモニアは毒性が高い。欧州の海運会社からはやや敬遠されており、「どこまで安全性の高い燃料供給システムを構築できるかが普及の条件となる」(商船三井)。
三菱造船は23年1月、商船三井から受託したアンモニア燃料の大型バラ積み船の基本設計について日本海事協会から承認を得た。22年には燃料を液化石油ガス(LPG)からアンモニアに転換できる大型のガス運搬船も承認を取得。アンモニアを輸送する大型船でも名村造船所などと共同開発中で、オープンイノベーションにも余念がない。
海運業界のCO2排出量は世界全体の約3%にすぎないが、「他の産業で脱炭素が進むなか、比率が増える可能性もある。うかうかしてはいられない」(日本郵船)
国際海事機関(IMO)が定めた温暖化ガス(GHG)排出削減に向けたロードマップによると、08年を排出量基準年として30年までに平均燃費を40%以上改善、50年までに総排出量を50%以上削減する方針を掲げる。
23年1月からは現在、運航中の商船への国際的な燃費規制も始まった。海事当局が定めた算定式に従ってはじき出された規制値と船の燃費性能を比べ、もし規制値をクリアしていなければエンジンの出力制限や、省エネ機器の改造などで燃費改善を義務付ける。規制値を達成して初めて運航を認証される仕組みだ。
関門はまだある。その後1年間の燃費実績を報告させ、5段階評価で最下位だったり、下から2番目の評価が3年続いたりすると、改善計画を提出させられる。
ちなみに欧州連合(EU)加盟国に寄港する大型船には燃費データの提出が義務付けられている。その実績を基に燃費格付けを試算したところ、日本メーカーは全船種のうち55%が「高評価」船だった。中国の36%、韓国の34%に対し大差をつけ、脱炭素技術の高さを証明してみせた。
規制の包囲網は23年から着実に狭まるほか、10年やその前後に大量建造された船が今後、更新時期を迎える。アーサー・ディ・リトルの伊藤優馬パートナーは「ゼロエミッション船への切り替えは順次進むが、30〜35年以降に導入が加速する」との見通しを示す。導入が進めば「(50年にGHG総排出量を50%以上削減するという)IMOの目標は達成できない数字ではない」(同)という。
エンジニアリングに軸足を置く造船各社にとっては、この大転換を好機としてものにできるかが今後の優勝劣敗を決めそう。中韓勢とドッグや設備の規模を競い合う時代は終わった。持たざる経営で無形資産を蓄える。そんな新航路の開拓が日本の造船業の行方を決める。
(日経ビジネス 上阪欣史)
[日経ビジネス電子版 2023年4月12日の記事を再構成]
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